こんばんはです。
今日はオーストラリア人の差別意識についてです。

よくオーストラリアで差別に会ったことはある?と聞かれます。

結論から言うと人種差別にあったことは2回だけあります。

公園で日本語の歌を歌っていたら「うるさい、自分の国に帰れ」と言われたことがあります。

その経験からも人種差別はたしかにあると思っています。

そして特にオーストラリアでは人種差別される側である私達は絶対に許してはいけません。

なのですが、オーストラリアにある人種差別はそんなに大したことないと考えて良いと思っています。

もう世界中に人種差別は良くない事、という価値観が広がっています。

だから露骨に差別してくる人はほとんどいません。僕は1人も会った事がありません。

僕に人種差別発言をしたのは正直言うと明らかに頭のおかしい変わった人でした。

それを考えるとオーストラリアに人種差別は無いと言っても僕は良い考えています。

これはあくまで都市部に住んでいた僕の話です。田舎ではまた違うのかもしれません(田舎のほうが差別が起きやすいと聞いたことがある)

もし僕とは違う体験をした人がいれば教えてください。

そして明日はそれでも我々日本人が感じた事がある人種差別の様なものの正体は何なのかについて書いていきたいと思います。

今日も最後まで読んで頂きましてありがとうございました。


こんばんはです。

僕はオーストラリアにラグビーをしに行ったわけではありません。

しかしオーストラリアに行ってラグビーをして得たものがたくさんありました。

そんな話をシェアできたらと思い今日はブログを書きます。

今日するのはある日ラグビーの試合中にミスをしてチームメイトに口がすべってsorryと言ってしまった時の話です。

よくどんなスポーツでも日本人はチームワークに優れていると言われます。

たしかに日本人の他人を必要以上に気遣う良い部分がチームスポーツで発揮されることがよくあります。

そして他人(チーム)の為に尽くすプレーヤーも多く負けていても諦めずにプレーする選手の割合も多い気がします。

それに比べてオーストラリア人はかなり極端で少し点差が出来るとすぐやる気のないプレーをする選手も多いですし、それをあまり怒る人もいません。

そして何より僕が日本人とオーストラリア人の両方とプレーして感じたのがミスをした際の対応の違いでした。

日本人はほぼ必ず謝りオーストラリア人はほぼ必ず謝りません笑

この極端な違いは何なのか、僕は単純に言語の違い、ヨーロッパ系人種が個人主義的な発想が多いことの二つなのだと勝手に思っていました。

しかしある日気を付けていたのに僕がミスをしてうっかりクセでオーストラリア人に謝ってしまいました。笑

その時彼は怒りながら僕にこんな事を言いました。

謝る必要はない、この試合で活躍しろ。謝っただけでは何も変わらない

試合中にカッコいいこと言うなあいつ笑

何となく彼らの価値観の少し深い所を見れた気がしました。

彼は「ミスをしたから謝るのが大嫌いだ、ミスが起きるのが前提でラグビーをしている、とにかく試合が終わる時に勝っていたいんだ。だから謝るんじゃなくてそのあと活躍してほしい。」

「逆にミスをして謝ったら許されると思っているなら間違っている、とにかく勝つためにどうするかが重要なんだ。」

と試合後に話を聞いたら言っていました。

遠回しに日本人の一部を批判されていますが笑、我々日本人にはとても参考になる意見ではないでしょうか?

言葉にあまり責任がない文化であるがゆえ、そういった考え方になるのかもしれません。(流行りの行く行く詐欺とかオーストラリアでは常識すぎて笑えません)

しかし何より謝って人の目を気にしてプレーしてるような人はオーストラリアではほとんど見ませんでした。
image

日本の良いところオーストラリアの良いところ、いろんな考え方の指導者が増えて日本のスポーツ、教育、ありとあらゆるものが良くなっていけばいいですね。

今日も最後まで読んで頂きましてありがとうございました。








こんばんはです。
今日も引き続きラグビーからみる日本とオーストラリアの違いの話です。

オーストラリアに行ってまず驚いたのはビーチに行くと必ずラグビーをやっている小学校低学年くらいの子供がいることでした。

それもなんとタックル有りでやっています。

そしてその中で子供達はボールを繋ぐために片手でオフロードパスなど(何だかわからなくて大丈夫!)とても高度な技に挑戦していました。

何故驚いたのかと言えばそのスキルの高さではありません。

僕のいた高校では禁止されていたプレーを小学生が普通にやっていたからです。

難しいプレーには当然高いリスクもあります。
せっかく攻めていてもそういったプレーでミスをすればボールを失ってしまいます。

それ故日本の高校の多くではこういったプレーをあまり好まない傾向があります。

僕のいた高校は特に顕著でそういった小難しいプレーをするとすぐに怒られていました。

特に驚いたのはプレーが成功した時ですら怒られることでした。

極端な例えにはなりますが小学校低学年からチャレンジングなプレーをするオーストラリア人と高校生でも基本的なプレーしかさせてもらえない日本人、10年経ったらどうなるのでしょうか?

当然オーストラリア人のほうが出来るプレーの選択肢が多いはずです。

もちろん競技人口の違い、始める年齢の違い、そもそもの骨格の違いなどいろんな違いはあります。

なのですが、オーストラリア人のプレーを生で見ていて思ったのは小難しいプレーも続けていくうちにかなり高い精度で出来るようになるということてす。

この感覚が日本人にはあまり無いと僕は思うのです。

何事もとにかく基本が大切である!
これは世界中のどこの国でも何かを極めた人が言う台詞です。

僕もその大切さは全く否定できませんしそうなんだろうと思っています。

でも基本を大切にすることは応用をやらないと言う意味ではないはずです。

とにかく基本を大切にしながら応用的なものに触れる機会とそれを許す雰囲気が日本にはもっと必要なのだと思っています。

前にとある人気の寿司屋さんの紹介をテレビでしていました。

修行期間はとにかく何年も卵焼きだけを焼き続るだけの生活だったりとにかく厳しい状況でやっている様な事を言っていました。

それに対して堀江貴文さんが「意味ない、普通に寿司握ればいいと思う。」という発言をしていました。

僕も賛成なのですが寿司屋さんならまだそれでも良いと思うのです、もしかしたらその苦労した経験が味に出たりするのかもしれないですし。

しかしスポーツで特にラグビーでそれをやっていたら世界の他のチームには絶対勝てるようになりません。

世界の強い国では小さい頃からミスを恐れず小さな子供達が果敢にプレーしている現実があります。

少しでもそのレベルに近づくにはまずそういった現状を皆が理解する必要があると思います。

エディージョーンズという前代表監督が辞める際に学生の指導環境から変えていかなければならないと発言していた理由がオーストラリアのラグビーを見たことで少し分かった様な気がしました。

そしてこれは日本のどのスポーツ界にも、もしかしたら日本人の教育そのものにも言える事なのかもしれません。

是非みなさんも海外に行く、住んでいるのならそういった価値観の違いをたくさん体で経験してみてください。

今日も最後まで読んで頂きましてありがとうございました。image

↑このページのトップヘ